四旬節第4主日 礼拝 午前10時30分〜11時45分
説教はルカ15章1〜3、11b〜32節から「天の父の愛情深さ」C.ネヴダル宣教師
 「放蕩息子」のたとえ〜として有名な箇所です。 弟息子が「我に返った」のは良心的だったからではありません。行き詰まったからでした。「途中で気づけばいいのに」と思います。しかし、悲しいかな! 人は行き詰まり、頭をぶつけ痛い思いをしないと気づかないのです! 残念ですが我に返るには、「痛ましい手続き」が必要のようです。
 しかし、それだけでは行き詰まって身を滅ぼしてしまいます。「我に立ち返る」ことのできたのは、愛情深い父がいたからでした。ですから〔「愛情深い父」のたとえ〕と呼ぶ人もいます。礼拝説教が楽しみです。